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霊ランタンと呼ばれているアイテムは、元は”召喚師の灯”という名を持ち、

幻の魔法とされる召喚の術を可能にする奇跡のアイテムとして研究・開発されました。

 

召喚師の灯がもたらす光は、現世と別世界を隔てるエーテルの膜に対して影響を

及ぼし、膜面に人為的な波を起こして凹部と凸部をつくりだします。

その非熱的なゆらめきによってエーテル膜のひずみは可視化され、膜が最大限に薄くなった瞬間を狙って現世と別世界を繋ぎ来訪者を迎える。

そして来訪者から新たな知恵を授かる……という思惑でした。

しかし実際はそううまく行きませんでした。

召喚師の灯を使った召喚実験はなかなか成功しません。

ある夜、研究員が召喚師の灯をランプ代わりに暗い博物館で調べものをしていました。

林と並ぶ本棚に背をもたれ、黙々と古書を読み込みます。横眼には所狭しと並ぶ剥製群。異国の真っ赤な鳥の剥製は見事で繊細な長い尾まで完璧に揃っているのはこの博物館くらいでしょう。太古の巨獣の骨格は本当に見事で、彼らの闊歩していた古の大地に思いを馳せずにはいられません。

そんな最中でした。召喚師の灯が一際輝いているのを発見したのは。

灯から発せられた目も眩むような鋭い輝きは博物館の天井にまで届き、光に射抜かれた骨格は壁に黒々としたがらんどうな巨体の姿を投げかけます。

幽霊ランタン.png

ランタンの籠模様が大きくくっきりと博物館の床に伸び、召喚師の灯全体がゆらゆらと陽炎に包まれました。

”別世界からの来訪者”―魔法使い達が憧れたそれを迎えるため、呆気にとられていた研究員は慌てて襟を正して灯へと向きなおります。

ゆらめきは小さく落ち着きを取り戻し始め、研究員の緊張は最高潮。

そして、波が引いていくように光が灯に戻っていき・・・壁の巨体も床の籠模様も掠れて暗がりに溶け込んでいきます。

ー静寂

元通りの博物館。召喚は不発でした。

​研究員は肩を落としました。そういえばこんな事は何度もあったような気がします。

この”思わせぶりなランタン”め!

ちょっときつく締め過ぎた襟を緩め、研究員は恨めしそうに灯を睨むと古書を手に取り途中まで読んでいたページをパラパラと探ります。

本はまだ沢山。それも森のようにあります。これだけ広ければ明日は誰か連れて手分けして本を読み込んだほうが良いでしょう・・・これだけ広ければだって?

研究員が横目に、いや首振り、振り向き、背伸びしてもどこにも見当たらないのです。

そのとき、研究員の後ろの方を何かが通り過ぎました。

あれだろうか。いいや違う、動くものは探していない。

困惑に口元を抑える研究員の靴を、何かがコッコッと突きました。

ビク、として研究員の目を見開かせたそれはヒイロオナガチョウという鳥でした。

真っ赤な色と繊細な長い尾が特徴の鳥です。

しかし、その鳥はこの地域には生息していません。

ましてや博物館などにいるはずはないのです。

​少なくとも、生きている個体としては。

何か嫌な、恐ろしい確信が冷水の感覚となり研究員の背中を流れ落ちます。

地響き。

研究員は、灯の取っ手を指にひっかけて博物館の出入り口に走り出します。

"別世界"は、何も自分達のような"真っ当な"者たちの世界だけではないのです。

地響き。

そして天井から降る塵。

もしも、この灯がその"別世界"を向いていたら?

数十歩先の出入り口を真っすぐ見ながら、背後からどんどん迫る砕床音と巨大な気配を頭から追い出そうと理論を組み立てます。

それがどんなに恐ろしい理論でも、肉に飢えた骨だけの大化物に追われている現実よりはマシというものでしょう。

召喚で現れないのではない。

召喚だけでは現れることができないんだ。

狩猟用の挟み罠がガチン!と閉まったような音が、首のすぐ後ろで炸裂します。

氷の爪に心臓がぎゅっと掴まれた錯覚に、危うく足がもつれます。

そんな事より、ついにわかったのです。

灯が指す別世界が。

失敗の理由が。

肉体を持たない死後の世界の住人は、器無しに現れることはできない!

研究員が体ごと投げ出して博物館の扉から地面に転がり出たとほぼ同時、白灰色の巨大な顎が博物館の扉をぶち破って現れ何度も空を噛み砕きました。

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さて、研究員が命からがら持ち帰った真相を経て、

”召喚師の灯”は実現不可能と思われたもうひとつの奇跡。復活の道具へと転身です。

人々はその英知と勇気によって、ついに死を克服したのです!

 

・・・いいえ。

灯は復活の道具としても期待された能力を発揮できませんでした。

再び動き出した死体は暴力的に飢えていて、おぞましく攻撃的だったのです。

別世界から来るがままであるという灯の特徴は、遺族の期待を裏切り、思い出を冒涜したという痛ましい結果だけを残しました。

結局、灯は手に負えるものではなかったのです。

全ての召喚師の灯の解呪処分 ―全ての魔法的威力を解し、その効力を失効させる処分― が決定し、その製法が禁忌として封印されようとしていた頃でしょうか。

戦争が始まったのは。

学派と土着信派の戦いは激戦で始まりました。

​数で大きく勝っていた学派は兵力の消耗が激しく、次第に押されていきます。

負けられない戦いの中、学府の司令官達は灯に目をつけました。

 

戦死者達が横たわる土地に灯を置けば、その土地は起き上がった不死者達で溢れかえり何者の進軍も許しません。

解呪を知らない土着信派にとって、物理的に破壊不能な灯は大変な脅威です。

籠をいくら破壊しても灯は残り続け、死体のようなその姿を復活させてしまうのです。

それはまさに”幽霊ランタン”でした。

学派は”幽霊ランタン”を使い広大な戦線を維持し、そして勝利を収めました。

その後、学府は戦争に協力的だった土地の幽霊ランタンを次々に解呪して浄化にあたりました。

 

強く、良心的な学府は支持者たちの英雄です。

戦中において異なる魔法唱者の土着信派を一掃し、戦後において強固な支持基盤を築き上げた学府は、その影響力を揺るぎないものにしたといって過言ではないでしょう。

その一方で、非協力的な土地の幽霊ランタンは今でも解呪されないままです。

戦争に協力しなかった山麓の砦:クイーンサイド周辺のまた解呪の対象外となっています。

彼女達は麓の廃村に残された幽霊ランタンを相手に絶望的な戦いを強いられています。

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